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富士宮囃子 静岡県指定無形民俗文化財 この見出しの固定リンク

lightbox対応

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平成18年11月4日共同催事で浅間大社前4区の競り合い。

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競り合い 一斉囃子 民俗芸能大会 施設慰問 新年打ち初め

富士山本宮浅間大社の秋季例大祭に山車や屋台の上で囃されるお囃子。
静岡県無形民俗文化財に指定されています。

起源 諸説 この見出しの固定リンク

  • 狩り囃子起源説
    昭和41年3月2日付けの岳南朝日新聞に花井光介氏が歴史小話201「富士宮はやし諸説」として「狩りばやしの説」を書いている。
    建久4年5月源頼朝が数千人という規模の富士の巻狩を行い、その際に勢子が奏した鳴り物が地元に残り伝わった物という説。
  • 祇園囃子起源説
    昭和41年3月4日付けの岳南朝日新聞に花井光介氏が歴史小話202「富士宮はやし諸説」として「祇園ばやしの説」を書いている。
    駿府の今川氏は都の祇園祭を移し真似たが、武田氏による焼き討ちや徳川氏の居城化などで消滅した。それが神官などの手で富士宮に伝えられたという説。
  • 万野士族伝承説
    湧玉会で長年笛を吹いていらっしゃった有賀氏が「富士宮ばやしの笛今昔」の冒頭で次のように述べている。
    「富士宮ばやしは、さほど古いおはやしではなく、明治の始め萬野に徳川の御家人が祭り屋台を引廻したのが始めと古老に聞きました。明治時代大宮町立宿におはやしが始まったと聞いております。 」
    明治維新で職を失い万野原新田に移り住んだ徳川の旧幕臣を「万野士族」などと呼ぶが、この「万野士族」によってもたらされたという説。
  • 根古屋伝来説
    昭和42年5月5日村上喜已氏が「大宮浅間秋祭り大宮祭ばやし夜噺」という冊子を発行している。この中で明治末期の祭り拡大期に社人町では寺地と合同で「寿」という祭り組を組織し、沼津の根古屋から囃子方を招聘して習い師匠と弟子混成で囃子を行ったとある。
    平成元年5月30日に加藤長三郎氏は秋祭り青年協議会の会合で講演し、祭りに関して語ったが、この中で「始めは先輩たちが根古屋に囃子を習いに行った」と述べている。
  • 比奈説
    昭和57年3月27日に発行された大和区誌に次のように記されている。
    「大正11年大和としては最初の祭りが行われた。屋台はなく伊藤利治氏の尊父が小泉2号より借りて来てくれ、太鼓は富士市比奈の人達より、小池寛一氏、伊藤利治氏などが習った。」

考察
前二説は裏付ける資料に乏しく、夢のあるお話といったところか。
諸説として他に平家の落人が伝えたなどの説も述べている。

袖日記に記述のある万延元年は浅間大社のご縁年ということもあり、いつにもまして盛大な余興などが行われたと推測されるが、はたして継続的な山車や屋台の引き回しがその時代に行われていたかまでは不明である。

明治初期に入植した万野士族は、厳しさに耐えかね数年の内にほとんどが万野原新田を離れたと言われている。しかし近隣の商業地に移り住み有賀氏の記述にあるように、屋台を引き回して囃子を奏し、これを伝えたという事も充分にあり得る事だ。たしかに明治中期にはいくつかの地域で祭りが行われていたらしく、写真もいくつか残されている。

爆発的な祭り実施の拡大は明治末期にお祭り青年が組織された事が引き金になったものらしく、明治 44年には山車新造や中古山車購入、他地区から屋台を借用しての祭り実施などが行われた。ある町内では根古屋から囃子方を招聘して習い、ある町内では根方街道沿いの町まで囃子を習いに行ったという話が伝わっている。具体的な伝来経路が示されているのはこの頃が初めて。

大正から昭和初期にかけて蚕糸産業の発展から町は拡大し、新たな町内が次々に独立している。芸妓置屋も県下最多を誇り、芸妓の祭り参加などにより新たに三味線を入れた曲が加わったのもこの頃。
町内によっては、比奈から習ったなど独自に他地域と接触を持ち新たに祭りや囃子を始めたというところもあった。

曲目 この見出しの固定リンク

  • 山車囃子  山車の運行時に囃される
    • にくずし  山車・屋台の引き回しの際に囃される。
    • 屋台    競り合いの際に囃される。
    • 昇殿(聖天)競り合いの勝ち名乗りと言われる。
  • 屋台囃子  三味、鼓が入るもの。 芸妓の踊りの伴奏
    • ※聖天(しょうでん)- 井上氏による
    • 四丁目(シチョウメ)
  • 道囃子     本来歩行時の囃子全般を「道囃子」と総称した物らしい。
    • 道囃子
    • 宮参り
    • 籠丸(籠毬)
    • 通り囃子
    • 数え歌
    • 竹雀

富士宮囃子保存会 この見出しの固定リンク

  • 平成9年8月に発足。
  • 富士宮囃子の保存と発表に関わる事業を行っている。
    • 子供囃子教室開催
    • 伝統芸能大会出演
    • 郷土物産展などでの披露
    • 地元の催しなどでの披露
    • 新年打ち初め
  • 祭典実施区と囃子保存団体で構成され、富士宮囃子を習い伝える全ての人が会員。
    会員数が膨大なため、各団体代表による理事会をもって総会に代える。

関連リンク この見出しの固定リンク

富士宮囃子保存会「富士宮囃子と秋祭り」 富士宮囃子保存会公式サイト


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